『酒井七馬伝』が面白過ぎて (4)

 ・・・うっかり言い忘れておりましたが、本書(中野晴行酒井七馬伝』)はいわゆる評伝、人物伝に止まらない側面もあり、そちらの面について一言で言うとすると「専門性を備えながらそのことが文化史としての普遍性を損なわない形でのマンガ論である」とか「本書に書かれた事柄を今まで必要としなかった現代日本史があぶりだされる」とでも申しましょうか(全然一言になってない)。
 とにかく「いわゆる評伝」を期待して読むとあるいは期待通りでないという感想をお持ちになる方もおられるかもしれません。
 と断っておいて別の話、個人的に不勉強のため分からなかった点を書いて置いて終わりにしたいと思います。
 一つは、本書では、戦時中の「ご奉公」を戦後酒井七馬が「嘘と出鱈目」と表現したことが紹介され、

生きるためとは言え、「嘘と出鱈目」に加担せざるを得なかった七馬の歯軋りが聞こえるようだ。

 と著者は感想を述べています(本書P59)が・・・
 ここのあたりは、よく分からない(想像がつきにくい)ところです。何が分からないかというと「戦時中に、嫌々、不承不承、時局に迎合していた人物にとって、そのことが敗戦後心情の上にどの程度影を落とすものなのか」という問いに対する、一般的な答え、がどういうところに落ち着くのかがよく分かりません。そこが分からないままですが、戦争責任(本書p68)に関連して、
七馬氏は
「戦後の日本にもある程度は「嘘と出鱈目」を感じたのではないか?」
また
「戦後の消極的態度には戦前の体験が影響して、あまり表に出たくないという気持があったのではないか?」
と、まったくの憶測ですが私はそのような感想を持ちました。

 もう一つは師弟というものの今昔について。
 師弟に対して世間的な合意が(かつては)どのようなものであったか、それがどのように変遷したか(そして結果現代には残っていない?いる?)?
 そこらあたりについて知識が無いので、酒井七馬氏の後進に対する姿勢がどの程度、個人のパーソナリティに由来するものなのか(どの程度は当時の世間にみられるものだったのか)推し量れませんでした。