すれ違いざまに聞こえてきた会話

 街は、人々があっちへいったりこっちへいったりする場所であり、そして人々とは、しばしばよく、会話をしながら歩くということをするものである。 その結果、思わぬ言葉が、たまたまその場を通行中の一人の人間の耳に飛び込み、なにものかを思わせる、そういうことはよくあることだと考えるがどうであろうか。

 そんな「すれ違いざまに聞こえてきた会話」に、もうずいぶん前から私は強い興味を持ち続けているが、普段はそんなことはすっかり忘れていて、それが、たとえば今日、エレベータのなかで、以下のような、見知らぬ男たちの会話を聞くつもりもないままに聞いた時(亀が深海から海面にゆっくり浮かびあがるように)忽然と思い出されるのである。

「六階の大塚さんは昔からサスペンダーだけどね」