正月幻想

 小学校の図書室の<貸出しカードの記入の仕方>の記入例の氏名が

 「正月太郎」。


 吊革につかまると目に入る車窓の風景の、流れていく家やビルや店の群れの中に、ふいをついてぽっかりと拡がるゴルフ練習場の、おそらく正月休みだから誰もいない、異様に高いフェンスに囲まれてゆるやかに傾斜したその敷地に、忍び込んだのか、走る子供が三人。
 二千八年一月一日十四時三十七分頃、京成線の実籾から八千代に向かう車内より目撃。


 小学生が近寄って来て「わっ!」と言って「驚いた?」と言うので「大人は驚かない。」と答えてから一拍おいて「大人は、思い出した時に、驚く。」と言ってみた。


 凧をあげたくなり凧を購うため不慣れな土地をさまよってみたが、やはり商店街のシャッターは軒並み下りていて、だが一軒、あまりに地域の一部分に密着し過ぎて「悪い先輩の部屋」みたいな外観を呈している百円ショップだけが店を開けており、その店先に据えられたゲーム機に向かう男子と笑いながら話しかける店長とを見ているうちに心が寒くというか顔が寒くなる。というかとにかく寒い。みんながもっと凧をあげればいいのに。パンが無ければ凧をあげればいいのに、とよくわからなくなりながら陽だまりへ移動。


 「ぜひ、わが社でもご融資させて頂きたく」男は微笑みながら「申し遅れましたが」と取り出した名刺には

 「正月太郎」。