夏の思い出

「お、アリガトウ」
「よかったら氷もあるが」
「いや結構」
 男は、さして冷えてもいない麦茶を口に含む。
「この雨で、今日は肌寒いくらいだ」
「昨日は暑いくらいに晴れていたのにな」
「まあ、そうだが」
 男は眼の間に渡る眼鏡の橋部を指で押し上げながら
「そんなことを言っても仕方が無い」
「もう一杯どうだ」
「貰おう」
 雨を眺めながら麦茶を飲む二人の男。
「さっきの話だが、」
「・・・なんだっけ?」
「ほら、何が怖いか、って」
「ああ」
「そういえば、昔、そういうことがあったのを思い出した」
「ほう」
「父方の祖父が亡くなった時だ。実家を出て、独り身の頃だったから、もう何年も帰省していなかった。ああいう時は、何て言うんだ、棺の中を覗くだろう」
「ああ。故人の顔を」
「顔を見て、唇を湿して、」
「ああ、やるな」
「その時に、こんな顔だったか、と思った」
「久しぶりだから、」
「それもあるし、死んでいたからかも知れない。・・・皺だらけなんだ」
「皺、」
「顔の皺だ。すごい皺だった。それで、皺が殺すんだと思うようになった」
「お祖父さんを?」
「いや、じいさんを殺したというより、人間はみんな皺に殺されるんだということだ」
「ああ」
「それから「老人の顔」というものが怖くなった。しかし悪いことに、だ」
 雨足が弱くなってきたのか、外から燕の声が聞こえてくる。
「当時、老人向けの医療センタに勤めていた」
「そりゃ困っただろう」
「困ったよ。また・・・毎日、来るんだ、老人が」
「そりゃ来るだろう」
「実に怖かった」
「顔が」
「顔が。それから手。」
「手か」
「昼休みは何も食えなかった。吐いたこともある」
「休まなかったのか」
「色々あって、当時は休めなかったんだ。ひどい時には、」
「うん」
「梅干も怖かった」
「・・・今でも怖いのか」
「それ程でもないが今でも怖い」
 彼らは何となくあごや額のあたりを手のひらでなでている。

 ・・・・・・というエピソードが挿入された『饅頭怖い』の上演を希望。