小耳にはさんだその後に

 この間、夜道を歩いていたら(いい出だしだ)、後の方から男がきて、私を追い抜いて、前の方へ去って行き越しに、男が携帯電話で誰かと話していた言葉が私の耳に入ったと、ま、そう思って頂きたい。
 そういうことはよくあることで、また別の、「この間」には、男女、それも若くてどちらかというと「見目麗しい」と言ってもいいような二人が、前の方から歩いてきて、私とすれ違って後方に去って行き際に、男女のダン、すなわち男の方が
「・・・とかいろいろあるけど、なかでも・・・」
 と発言したのが私の耳に飛び込んできた、ということがあった。
 何が「なかでも」どうなのか。彼らの会話の続きは、私にとって、永久に後方へ去って行ったままである。善男善女(と思うが)の微笑み具合と「なかでも」にぐっと力を入れた男の声の張り具合とを今となっては忌々しく思い返すより外ない。
 まあ、そのように、このようなことはよくあることではあるが、話を夜道の方に戻すと、その、携帯電話で誰かと話しながら私を追い抜いて、前の方へ(これまたおそらく永久に)去って行った(右前の方向だった)男が、私の耳に残した言葉は

「キャベツが食べたくなったから、キャベツ買って帰るわ」

 さようなら、男。
 私は、私の人生において、「キャベツが食べたくなったから、キャベツを買って家に帰った」ことは、いまだかつて一度も無かったよ・・・